平松御神輿の歴史



松神輿は、北九州市小倉北区平松町に江戸時代から代々受け継がれてきた由緒ある御神輿です。
福岡県夏の三大祭として知られる小倉祇園祭(毎年7月)では、大漁、五穀豊穣、無病息災、家内安全を祈願して
小倉市街を巡幸し、祭のクライマックスである祇園太鼓競演会の露払いとして勇壮な練りを披露します。



の平松神輿を継承する平松町は、長い歴史を持つ漁師町です。
かつては、小倉城下町の北西端にあたり、藩主への御菜魚の献上や御用船の漕ぎ手役を務めていました。
こうした藩への貢献から、細川忠興公の時代に始められた祇園祭に御神輿を担いで参加することとなりました。


松神輿の姿は、高さ2.3m、横幅2.0m、重さ本体600kg(本棒、横棒共850kg)あり、
小倉藩の三段菱(小笠原家の紋)を四方に頂き、屋根は黒塗りに唐草模様を金色で浮かし(飛雲…威勢が良いことの意味)、
上段には炎をかたどった火炎宝珠が乗っています(魔除け、厄除けの意味)。この型の御神輿は日本全国で唯一、平松神輿だけです。
また、先祖代々引き継がれてきた口説(くどき)の歌声と合いの手は、源平時代からの戦いに向かう武将の気を感じさせ、
その詞の内容も他に類を見ないものです。


い歴史の中では、諸事情により御神輿を出すのを中断した時期もありました。
近年では、御神輿の担ぎ手や世話人の不足から、平成5年を最後に祭への参加を見合わせていました。
しかしながら、御神輿の復活を願う地元の思いを受け、
平成15年に御神輿を修復するとともに平松町内会と平松漁業協同組合が主体となって平松御神輿祭実行委員会を発足し、
小倉祇園祭への参加を再開するに至りました。
町内にとどまらず、遠方からも担ぎ手が集い、平松神輿の勇姿を今に伝えています。